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ハラル水炊きの会

インド生まれの博多っ子、イムランさんのハラル水炊きの会

お話をお伺いした方 ベイグ・イムランさん

福岡市博多区千代町、福岡市営地下鉄“千代県庁口”駅に程近い「アラジン」。ここを「インドカレー専門店」と言いきってしまうのは、一瞬、戸惑いを覚える。
この「アラジン」で、予約をすれば水炊きを提供してくれるらしい、という噂を耳にした私たちは、早速取材の交渉に伺った。

「水炊きを提供してくれるんですか?」という我々の問いに、「いいよ。」と快く返事をしてくれた店主のベイグ・イムランさん。せっかくならば、我々の銘柄鶏 「華味鳥」を使用して欲しいとお願いすると、「いいよ。1トン頂戴。」と表情も変えず言った彼に我々は唖然とした。私たちは、鶏肉の営業に来たのではないのだ。

聞くと、お祈りをし、自分の方法で鶏を活きた状態から処理をしたいと。そう、彼はムスリム(イスラム教徒)で、ハラルフード(イスラム教徒が食することの食事)を提供しているのだった。100人規模のパーティーが控えているため、鶏肉をストックしておきたいという。
衛生管理上、活きた鶏を養鶏場から移動させることは難しいため、今回は「華味鳥」を使用してもらうことを断念し、彼独自のルートで仕入れをした鶏で水炊きをつくってもらうこととなった。

会社から近いので、お昼ご飯によく利用させていただいてます。

ハラルフードとは

「ハラル」とは、イスラム法で食べることのできるもののことをいう。逆に食べられないものは「ハラム」という。鶏は「ハラル」のカテゴリーに入るが、必ずムスリム(イスラム教徒)によって、正規の手段によって処理されたものでなければならない。日本でも一部の地域で「ハラルチキン」が生産されているが、ブラジルやオーストラリアからの輸入品が流通している。

ハラル水炊き試食会当日

2014年2月某日、試食会当日。
今回の声掛けに集まってくれたのは、トリゼンフーズの社員数名と鶏肉関連業界の社長さん方。

店へ入ると「二階のお座敷へどうぞ。」と通される。“ここはインド料理屋だよね?”と顔を合わせる参加者たち。店内に飾られたドラえもんの縫いぐるみ、韓国、インドネシア、アメリカ・・・様々な国旗、そして魚拓!“ここはインド料理屋だよね?”と再び顔を合わせる。

程なく博多水炊きではお決まりの、スープが登場。大きな骨付き肉が入っている。「これは親鳥やね」との気付きは、さすがの鶏肉業者の会。親鳥は、肉質が硬いためスープをとるために煮込んでも煮崩れがしないのだ。
スープを飲んでみる。店の雰囲気からくる先入観なのか、鍋を抱えてきたスタッフの風貌のせいなのか、若干カレーの味がするような。

切り身とミンチが運ばれてきた。実に美しい桃色をし、身のハリが感じられる切り 身。一見しただけで、その新鮮さが伝わってくる。スープに投じ、食してみると、ぷりぷりとした食感、身は柔らか。臭みは全くない。美味しい鶏肉の三拍子を 兼ね備えている。そして、ミンチ。皿の半分を占領するほど盛られたミンチは、肉がぎっしりと詰まって旨味がたっぷり。きっと店主の自信作なのだろう。

その後はの食べ方は、フリースタイル。野菜を入れてもいいし、鶏を入れてもいいし。挙句の果てには、カレーを入れてもいいよ、と。自由すぎる。

「今日の為に、早朝から山合いの養鶏場へ行き、鶏を10羽処理してきました」というイムランさん。小雪の降る中、1羽1羽、祈りをささげ、私たちのために準備してくれたのだと思うと胸が熱くなる。

イスラム教で認められた鶏の裁き方は、まず鶏に最期の餌と水を与え、祈りをささげる。彼らの神であるアッラーへの感謝の祈りだ。そして、優しく撫でるように、落ち着かせ、首からゆっくりと血を抜いていく。できるだけ、自然に死を迎えさせたいという彼らの思いだ。イムランさんは、養鶏場に日本人を連れて行ったことがあるという。その時、その日本人はイムランさんの様子を見て涙を流し、1羽の鶏の死と人間の食とに向き合ったという。

「私は、自分の子供が食べ物を粗末にしたら、ひどく叱るよ。一日に三度も食事を出来ることが、どれだけ有難いことか。一度も出来ない人は世界中にたくさんいるのだから。」と言うイムランさんの言葉は重い。

多くの日本人が、恐らく食事の前には“いただきます”食事の後には“ごちそうさまでした”というのは、「いのちを頂いているからだよ」と小さなころから教えられてきたと思う。
これまで、イスラムの世界とは独特で、我々日本人とは少し離れた、どこか遠い世界の話のように思ってきたが、こうして話を聞くうちに、我々と何も変わらない動物・植物全ての生き物への慈悲の念を彼らの方法で表現しているに過ぎないのではないか、と思いはじめた。

博多に来て16年。今では博多祇園山笠に参加する程、自他ともに認める博多っ子となったイムランさん。そういえば「何故、水炊きを提供するようになったんですか?」という誰もが抱く疑問を解決していなかった。

「何故って?お客さんに言われたからだよ。郷に入れば郷に従え。と言うやろ?」

今、そう言われれば分かる気がする。彼にとって業態であるとか、客層であるとか、そういったものは二の次なのだ。インドに生まれ、イギリス、ドバイ、日本と移り住んできた彼にとって、他を寛大に受け入れるということは、とても自然なことなのだろう。最も重要な信念が1つあり、それ以外は何も必要がない、といった具合に。

“博多水炊き”はきっと、イムランさんの最も大切な信念と、それ以外の寛大さ全ての表れなのかもしれない。

博多の夏の祭りといえば、博多祇園山笠。
イムランさんは博多の男衆に混じって山を舁く。