鍋 熱男、吉塚商店街にて語る

生きた鶏が列車に乗ってやってくる、らしい

勤続50年(近く)の大先輩、鍋 熱男さんに連れられ、今日は福岡市博多区吉塚にある"吉塚商店街"へ。ここは知る人ぞ知るトリゼンフーズ誕生の地であり、博多華味鳥の誕生の地。
熱男さんの熱弁、本日も炸裂中!

「最初はくさッ、まだ養鶏場ばやっとらんやったちゃろぅ、鹿児島のほうから鶏を仕入れよったとよ。生きた鶏が、列車に乗ってくるとよ。
そしたら、その鶏を買いに行くっちゃけどさ、駅で鶏が逃げてからくさッ、、、」

熱男さんの話を聞いていると、その当時の人々の熱気がありありと伝わってきます(^_^)

「もうぅね、ここは人が通れんごとお客 さんがおんしゃったっちゃけん。 忙しゅうして、忙しゅうて。でもね、会長も奥さんも、一生懸命働きよんしゃったしね、私らのことを家族みたいに可愛がってくれよんしゃったけん、私らも頑 張らないかん、ゅうてね。会長は、どげな人でも世話やいてやりよんしゃったけん、いろんな人が集まってきてね、で、あいつは、どげんしとーとかい な?、、、」

当時の様子を同じく勤続●十年の熟女たちと語らう熱男さん。そして、終いには向かいの洋品店のご主人まで参加して当時の様子を語り合い始める。

「これも美味しか」

「食べてん!」

「逃げた鶏をこうして…」

語り始めたら止まらない鍋さん

これが名物のオイル焼き

吉塚談義、なかなか熱が冷めそうにないので「あの~、そろそろ会社に戻ります。」という私に、「アツコちゃん、これ、持って帰らんね!」と差し出してくれたのは、とり善小売店名物、「鶏のオイル焼」。
会長がシベリア抑留から命辛々引き揚げる際に、中国で口にした味を再現したという噂の代物です。60年以上も火を絶やすことなく、脈々と受け継がれている秘伝の味なのです!
「ありがとうございます~☆」

その夜、私はその「オイル焼」を食べながら、熱男さんや、吉塚のおばさま方のこと、電車から鶏が逃げ出す様子や、会長が中国でオイル焼に出会ったときのこと、商店街で家族みたいにみんなが一生懸命働いている様子に思いをはせたのでした。

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